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疾うにすくわれぬ病





 店先に座り込んだ乾が、誰かと話をしている姿が店内から見えていた。

 乾は表情の起伏が余りなく、口数も多いほうではないから近寄り難い印象を抱かれがちだが、一度気を許した相手にはわりあいに素直で取っつきやすい。

 荒っぽい一面は変わっていないものの冗談が通じないタイプではないし、身内に対しては沸点が低いわけでもなく、どちらかといえば柔らかな態度を取ることも多い。九井や花垣が良い例で、龍宮寺に対しても同じだ。

 そんな乾だから存外に知人友人はすくなくない。彼といっしょに店をはじめてから、昔属していたチームの連中が乾を訪ねてくることは間々あった。

 また誰か来てんのか、と思いながらも龍宮寺は龍宮寺で店内で仕事をこなす。

 客がきているからといって、乾も仕事の手を止めているわけではなく、彼は彼で店先に置いたバイクを組み立てる作業をこなしている。

 折角昔馴染みが逢いに来たのであれば、積もる話もあるだろうし、口を出すのは無粋だろう。

 そんなことを思いながら店内でひとり、黙々と作業をしていると、バイクが走り去ってゆく音が表から聞こえてくる。

 どうやら乾の客は帰って行ったようだ。しばらくしてから、乾が店内へと戻ってくる。

「帰ったのか?」

「ああ」

「時間も丁度いいし、飯にするか」

「だな。まだ作業終わってねえから出前にしてくれ。店はなれらんねえ」

「分かった。なに食う? 麺? カレー? 中華?」

「近くに安くてうまいタイ料理の店があって、出前もしてくれるらしいから今日はタイ」

「よく知ってんな」

「このあいだ、ココが言ってた」

「……アイツなんで俺等の店の周辺情報に詳しいんだよ」

 携帯電話を取り出して、店の情報を見せてくる乾の言葉にため息を吐く。「助かってる」と答えになっていない答えが返ってきた。

 九井の情報網に疑問を抱きながらも、折角だから龍宮寺も同じ店に注文することにして、ふたりでメニューを確認して注文を済ませる。

 届くまでに30分程かかるとのことだったので、それまではまたそれぞれ仕事をこなしながら待つことにした。

「そういえばさっきの、三ツ谷と同じ高校に行ってる奴なんだけど」

 店先に出ていく前に乾が思い出したように口をひらき、出てきた名前に作業を再開しようとしていた手が止まる。さっきの、というのは乾を訪ねてやってきた客のことだろう。

 口振り的につづきがあるようだったので、顔を上げ、黙って聞いていれば、乾はなんでもないことのように言葉をつづけた。

「三ツ谷、また男に告られたらしいぜ」

「……は?」

 男にも女にもモテるよな、相変わらず、と乾は抑揚のない声で言って、龍宮寺を振り返ることなく店先へ出てゆく。

 ひらいた扉がゆっくりと閉じたと同時に、握っていた工具が足元に落ちる音がした。



 とん、とん、とん、とん、と卓上を指で叩く音が断続的に響き、自分で立てている音だというにもかかわらず、その音が耳に障って舌を打つ。

 正面に座った三ツ谷は、龍宮寺が苛立っている理由を理解しているため、罰が悪そうな顔をして珍しく若干俯いていた。

「……聞いてねえんだけど」

「……いや、だってさ」

 昼間、乾から衝撃的な言葉を聞かされたあと、すぐに三ツ谷にメールを送った。学校が終わったら顔を貸せ、という旨のメールに、すぐに了承の返信がきたけれど、呼び出された理由まではさすがに把握できなかったらしく、呼び出したカフェにやってきた三ツ谷は開口一番に「うわ、機嫌悪」と低い声で嫌そうに呟いた。

 機嫌が悪いどころの話ではない。驚愕、困惑、焦燥、動揺、数多の感情が渦を巻いていたけれど、その中でひと際際立っていた感情を強いて挙げるとするなら苛立ちだろう。

 三ツ谷とは中学二年の秋頃から交際していて、いわば三ツ谷は龍宮寺の恋人である。

 銀色に透ける髪に、垂れ目がちな紅碧の瞳。健康的だが白い肌、薄く形良い口唇に通った鼻梁。中学のころは髪が短ったため、まだどこか幼さも残していたが、高校に入学してから髪を伸ばしはじめ、ぐっと大人びた雰囲気を纏うようになった。

 デザイナーを目指しているためか、自分が着る服にも気を遣っていて、自分に合う服を選ぶのに長けている。高校の制服はいくらか着崩しているようだけれど、自分にいちばんよく似合う着こなしを知っているためだろう。

 腕が立つのにくわえ、普段は柔和で温厚。面倒見も良く、女子供にも下の連中にも優しい三ツ谷はたしかに昔からよくモテた。

 それをわりあい近くで見ていたが、今まで余り気にしたことはない。それは三ツ谷が好いている相手が自分だという自覚が自惚れでなくあったし、ゆえに彼が龍宮寺以外の相手に想いを告げられても断っていたことを知っていたからだ。

 そしてもうひとつ。

 逐一苛立ちを感じずにいた最大の理由は、三ツ谷に想いを寄せ、そして告げているの相手がすべて異性だと、龍宮寺は思っていたからだった。

「いちいち言うことでもないっていうか……ドラケン、機嫌悪くなると思ったし」

「俺のせいかよ」

 実際最悪だし、と呟かれた言葉に眉を寄せて舌を打つ。

「ちげえけど……全部断ってんだからべつにいいじゃん」

「良くねえ。いつからだ?」

「あ?」

「はじめてじゃねえんだろ。いつから隠してた」

「だからいちいち言ってねえってだけで隠してたわけじゃねえって……ドラケン以外だと、初めて男に告られたのはたしか中二の、」

「中二!?」

 予想していたよりもずっと以前から同性に想いを告げられていたと知り、思わず声を上げてしまう。夕暮れ時のカフェは客も多く、周囲からの視線を集めたがそんなことに構っていられない。

 三ツ谷は困ったように周囲に視線を向けていたが、元々肝の座った質のためか、視線を集めたことに対して焦った様子はなく、「声でけえって」と低く静かな声で呟いた。

「ドラケンとつきあいはじめたころに、同中の奴に。けど、中学のときはそれくらいで、言うほどの数じゃねえから」

 いや充分だろう、と思わないでもない。たしかに総合的な数字と比較すれば、三ツ谷にとってはさしたる人数ではないのかもしれないけれど。

 しかし、今はそれより、ほかに言及したい言葉があった。

「……『中学のときは』?」

「………………」

 眉を寄せて彼の言葉を繰り返せば、紅碧の瞳が若干細くなる。しくじった、と思っているのがありありと伝わってくる眼差しだ。

 大きな声を上げたくなる気持ちをグッと堪え、口をひらけば、唸るような声が出た。

「高校入ってからは?」

「……いや、マジで、ドラケンが思ってるほどじゃねえから」

「いいから答えろ。いい加減なこと言って誤魔化そうとしても、嘘か本当か、イヌピーに聞けばすぐ分かっからな」

「なんでイヌピーが知ってんだよ……」

 正確には乾の後輩で、乾の後輩もさすがに三ツ谷が男に告白された正確な人数など知らないだろうから、三ツ谷が口にする人数が嘘か本当かまでは分からないわけだが。

 正面の席に座り、頼んだコーヒーに一口も口をつけていない三ツ谷は頭をかかえるように額に手を当て、「マジでどっから漏れたんだ……」と困惑したような、疲労したような声で呟く。その言葉こそ、彼が龍宮寺に隠そうとしていた証拠だ。

 三ツ谷が男に告白されているという情報を龍宮寺が知ったのは、乾伝手に聞いたからだとしか伝えていない。

 三ツ谷は疎いわけではないけれど、自分の通う高校に乾と親しくしている後輩がいるということは知らないようだ。しかし世間というのは案外狭いものである。

「三ツ谷」

「……怒んねえ?」

「言え」

「……いちいち数えてるわけじゃねえから正確におぼえてるわけじゃねえけど……じゅう、」

「じゅう!?」

「……ご」

「ごぉ!?」

「……以上、はいたと思う」

「お前……それ男だけでか?」

「……そう」

 三ツ谷が高校に入学して、二年ほど経つ。現在三年生だ。

 同性だけでそれだけの数ということは、女性の人数はさらにそれを上回るのではないか。

「女子は……ちょっと多いくらいだから、そこまででもねえと思うけど」

「……いや充分だわ」

 今度は思わず声に出た。

 単純に計算して、二年間で三十人以上、一ヶ月にひとりかふたりには告白されていることになる。しかもその半数ほどが男からだ。

 想像以上の数字は余り現実味がなく、怒りを通り越して感心してしまいそうになるが、恋人としてはやはり苛立ちや怒りを通り越してしまうことはなく。

 龍宮寺とて、三ツ谷が告白されることで三ツ谷を責めても詮無いことがと分かってはいるが、だからといって看過して放置できるほど大人でもない。

「相手は全員同じ高校の奴か?」

 三ツ谷が通っているのは普通の公立の高校で、生徒数がとくべつ多いというわけでもない。男子校でもなく共学だ。

 そんな中、それだけの数の男子生徒から告白されているとなると、果たして何割の男子生徒が三ツ谷に想いを寄せていることになるのか。とうぜん、告白できずにいるものもいるだろう。

 通学時に送り迎えをして牽制しておくか、いっそ学校行かせんのやめようかな、とそんな無茶なことを半ば本気で考えながら尋ねる。

「いや、他校の奴もいたと思う。高校までは分かんねえけど」

 送迎で牽制、というのは効果がない連中もいるようだ。

「……あと、」

「……まだなんかあんのかよ」

「黙ってても文句言いそうだから言うけど、マジでなんもねえから怒んなよ」

 先に釘を刺してくる三ツ谷の言葉に、そんなの内容による、と返事を返さずいれば、三ツ谷はそれに眉を寄せ、どこか困ったように息を吐いて言いにくそうに口をひらいた。

「……教師からも、何回か」

「……男か」

「……どっちも」

 告げられた言葉に、教え子に手出そうとしてんじゃねえ、と怒りの余りテーブルに拳を叩き付けそうになるのをグッと堪え、一周回って脱力感さえおぼえる。

 一旦自身を落ち着かせるためにも卓上に肘を乗せ、額に手を当てて、はああ、と深く息を吐けば、三ツ谷が向かいから覗き込むようにして様子を伺ってくるのが分かり、困ったように歪む紅碧の双眸をじっと見つめ返す。

 たしかに、恋人の欲目抜きにしても魅力的だと思うが。

「どさくさに紛れてなんかされたりしてねえよな?」

「まあ……たまに抱き着かれたり、とかはあるけど」

「あんのかよ……」

「いやでも相手が男のときはぶっ飛ばしてるし。つうかモテるっつうならドラケンのほうがモテるだろ」

「男に告られたことねえし」

「……んなこと言ったって、しょうがねえだろ。俺だって好きで告られてるわけじゃねえし」

 相手によっては怒りを買いかねない発言だが、今それは脇に置いておくとしよう。人気があることを鼻にかけているわけではなく、本心からの言葉であることは明らかだ。

 そもそも龍宮寺が苛立っているのは、三ツ谷が同性に告白されることに対してではない。いや、それももちろん苛立たしいといえば苛立たしいのだけれど。

「隙があっからだろうが」

「あ?」

「もしかしたらお前ならって思わせるようなこと、お前がしてっからだろ」

 やはりどこか疲れたように息を吐いている三ツ谷を眺めながら、苛立ちを抑えて言葉を紡ぐ。

 龍宮寺は知っている。三ツ谷の腕が立つことも、普段は穏やかで柔和な彼が、矜持を傷付けられるようなことがあれば顔を顰め、声を荒げ、暴力を振るうことも厭わない性格だと。

 けれど三ツ谷は高校に入学してから昔と比べて喧嘩をする頻度が減った。もちろん、だからといって喧嘩の腕が鈍っているとは思わないが、今言いたいのはそういうことではなく。

 高校に入学してから、同性に告白される機会が増えたのだという。

 だとしたら、三ツ谷に想いを寄せる男たちは、彼の存外に荒い気性を知らない可能性が高い。

 普段の三ツ谷は穏やかで柔和で、基本的に優しい。腕が立つと自負しているから、その手のことに対しての危機感も薄い。

 自分に想いを寄せる相手に対して、警戒なく笑う。触れられても、そこに危機感を抱かない。

 そんな三ツ谷を龍宮寺はよく知っている。自分に対してそうだからだ。

「男に対して隙がありすぎんだよお前」

「たしかに最近は前ほど喧嘩もしてねえけど、」

「喧嘩の話してんじゃねえよ。モテるくせしてそういうとこ疎いっつうか無防備っつうか……お前、お前に告ってきた奴らのズリネタにされてるって分かってんのか?」

「ズ、……やなこと言うなよ」

「俺だって言いたかねえけど、そういうことだろうが。野郎にそういう目で見られてるって自覚してんのかよ」

「んな自覚あるわけねえだろ」

「だから隙があるつってんだよ。お前はつええし、もし襲われても返り討ちにすんだろうけど、もし相手がお前よりつええ奴だったらどうすんだ」

 優しくされ、笑いかけられ、触れることも許される。

 そして龍宮寺は、実際には気性の荒いところがある彼を、抑え込もうと思えば抑え込める。暴れる四肢を抑え込んで、力で伸して、どこか適当な場所に引きずり込んで、自由を奪って服を剥いで。

 その体を好きにしようと思えば、きっと好きにできる。

 もちろん、彼に想いを寄せる男たちの皆が皆、龍宮寺ほど腕が立つわけではないと分かってはいる。

 けれど、そんな自分を知っているからこそ、何人もの男に想いを寄せられ、告白されるその隙の多さに腹が立つ。

 ほとんど、自分勝手な言い分だと頭では理解しているが。

「ほかの男に隙見せてんじゃねえよ」

 苛々と苛立つ気持ちを持て余しながら吐き捨てるように言葉を投げる。

 昔からよく女性に言い寄られていることは知っていた。そこで危機感を抱かず、放置していた自分も悪いのかもしれない。

 何人もの男に告白されていたなんて知らなかった。もし、龍宮寺が知らないところで三ツ谷になにかあったらと思うと、驚愕、困惑、焦燥、動揺、数多の感情が渦を巻くけれど、その中でひと際際立つ感情を強いて挙げるとするなら苛立ちだろう。

 三ツ谷は隠し事が上手い。今回のことのように問い詰めなければだんまりを決め込み、はじめからなかったかのように振る舞う。そしてそれを龍宮寺に悟らせるような真似は絶対にしない。

 そこもまた腹の立つところだ。

 もし今回のことを龍宮寺が知らないままだったら、三ツ谷になにかあったときに駆けつけることもできないどころか、それに気付くことすらできず、普段通り三ツ谷に対しても笑っていたかもしれない。

 三ツ谷が傷付いたことも知らず、気付くことすらできず。

 なにも言わないだけで、本当はなにかあったのかもしれない。自分で対処できることだから黙っていただけで、不本意な言葉を投げつけられたり、触れられたり、不快な思いをしたことがあったのかも。

 実際にそんなことがあったかどうかも分からないのに、考えるだけでどうしようもなく歯痒い気持ちになる。

 三ツ谷が黙っていた理由は分かっている。龍宮寺の機嫌を損ねたくないから。不快な思いをさせたくないからだ。

 けれど、分かっていても、なんで言わねえんだよ、と思わずにいられない。

 龍宮寺が知ったところで、三ツ谷が告白される回数が減るわけでも、思いを寄せる人数が減るわけでもないと分かっていても、たとえそれで不快な思いをしたとしても、なにも知らずに三ツ谷を傷つけてしまうことのほうが余程いやなのに。

 三ツ谷を責めても詮無いことだ。一方的に自分勝手で利己的なことを言っていると頭では理解できて、渦巻く苛立ちを吐き出すために、はあ、と乱暴に息を吐く。

 なんだかんだ言っても結局ほとんどが悋気だ。そう言われてしまえば、否定はできない。

 にもかかわらず一方的に三ツ谷を責めてしまうことが情けなく、勝手な言い分だと分かっているだろうに、向かいから「ごめんって」と返ってくることがまたその情けなさを煽る。

 一方的に三ツ谷を責めて、謝らせて。

 しょーもな、と自分自身に呆れるほかなかった。

「けど、誰に告られても俺にとっては関係ねえっつうか……俺が好きなのドラケンだけだよ」

「……………」

「隙があるとか無防備とか言うけど、ドラケンにはそう見えるってだけの話じゃねえの? お前相手に警戒してもしょうがねえし」

 その言葉にまた思わず眉を寄せてしまう。

 多分恐らく、三ツ谷の周囲にいる男で、三ツ谷が最も警戒すべき相手は自分だというのに。

「お前、俺にあんだけ好き勝手やられといて、よくそんなこと言えるな」

「……合意じゃん」

「………………」

「……ドラケンなら、俺だってべつにやじゃねえし」

 つうか好き勝手してる自覚があんなら好き勝手すんのはやめてくれる、と三ツ谷は若干不機嫌そうな顔で言う。

 一口も口をつけていなかったコーヒーに口をつけ、恐らく氷が溶け切ってしまったためだろう、うす、と眉を寄せた。

「誰になに言われてもなんも思わねえし、なんかあったとしても自分でなんとかできるし、お前に言っても面白くねえ話だから黙ってただけ。機嫌悪くなると思ったし、実際めちゃくちゃ悪くなったし……俺だって、ドラケンにやな思いさせたくねえんだよ」

「……なんかあったらどうすんだよ」

「そんときはいつも聞いてくるじゃん」

「あ?」

「俺になんかあったとき、俺がなにも言わなくても、ドラケンいつも聞いてくるじゃん。『なんかあったか』って」

 結局今回のこともバレたし、とため息を吐く。「イヌピーが知ってるってことは九井経由か?」とそんなことを言いながら。

「俺が隠そうとしても、ドラケンいつも気付くだろ。そんで俺に言えって言うじゃん。黙ってようって思ってんのに、ドラケンにそんな風に言われたら結局全部言っちゃうからさ……俺、お前に隠し事できたことないよ」

 そんなはずはないと思う。

 たしかにいつもとすこし様子が違うことがあって、それに気が付いて問い詰めることは間々あるけれど。

 三ツ谷は隠し事が上手い。今回のことのように問い詰めなければだんまりを決め込み、はじめからなかったかのように振る舞う。そしてそれを龍宮寺に悟らせるような真似は絶対にしないはずだ。

「だから……それができねえの、お前には」

 どこか不服そうな顔をしながら視線を逸らす垂れ目がちの瞳を見下ろす。

 怒っていたり、戦闘態勢に入っているとき以外、この瞳は穏やかに、それかどこか気怠そうに撓んでいることが多い。

 だからすこしだけ不機嫌そうに、まるで幼子がむくれるように、むす、と歪む様を見下ろすのは嫌いじゃなかった。

 と、顔を顰めていた三ツ谷は体から力を抜くように、ふ、と息を吐く。

「ま、そうじゃなくてもヤバそうだと思ったらさすがにドラケンには言うし……だからそんな怒んなって」

 逸らされていた視線が龍宮寺へと向けられ、様子を伺うようにじっとこちらを見上げてくる。

 上背の差があるし、無意識なんだろうけれど、上目で見上げてくる眼差しに、その目やめろ、と内心で思いながら。

「なあ、もう全部言ったんだけど。俺まだ怒られんの?」

「……お前マジで分かってんのか?」

「分かってるよ、けど関係ねえって。誰になに言われても、ちょっとでも揺れたことねえよ。好きだって言われて嬉しかったの、ドラケンだけ」

「………………」

「納得した?」

 まるで幼い子供を宥めるように言われ、思うことがないわけではなかったが、渋々頷く。緩やかに笑う口元と、やわく撓んだ紅碧の瞳に絆されたのはたしかだ。

 元々ほとんどが嫉妬で、三ツ谷を責めても詮無いことだと理解はしていたのだ。

 三ツ谷がどれだけの人数に想いを寄せられても、彼の気持ちは自分にだけ向けられているのだと本人の口から聞いて苛立ちもいくらか落ち着いた。

「なんかあったら絶対言えよ」

「うん。それよりさ」

 息を吐きつつ額から手をはなせば、向かいの席で足を組んだ三ツ谷が龍宮寺を見上げてにっこりと笑う。

 そして指先で、とんとん、とテーブルを叩いた。

 ゆる、と歪められた色素の薄い瞳はどこか煽情的で、ゆえに挑発的で。

「コーヒー、奢りだよな」

 ドラケン、といくらか低い声で名前を呼ばれる。

 どうやら勝手な言い分で一方的に責められたことに対し、怒っていないわけではないらしい。

 機嫌を損ねた三ツ谷は、それはそれで厄介だ。

 コーヒー一杯でゆるしてもらえるのなら安いものだろう、と再度深いため息を吐いたあと、顎を数回揺らして頷いた。









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