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あざやかに、ひかり帯び(+ドラみつ)

  • sick0826
  • 9月2日
  • 読了時間: 19分




 夢と現の合間で寝返りを打ち、無意識に探った傍らにいつもなら感じられるはずの温度がなく、そのわずかな心許なさが覚醒を促す。うっすらとひらいた視界に見慣れた顔は見えなかったけれど広い背中が見えて夢現の状態で手を伸ばした。

「悪い、起こしたか?」

 滑らかな背中にそっと触れれば低い声が囁くように問うてきて、首を振る代わりに瞬きをすることで応える。

 三ツ谷には門限らしい門限はないが、普段は自宅で幼い妹たちが待っているため、大体決まった時間には家に帰らなければならない。ゆえに学校が終わったあとなど、龍宮寺と待ち合わせ、流れでセックスをすることがあったとしてもわりあいいつも慌ただしく、行為後に微睡んだり、余韻を愉しんだりする時間は余りない。行為に及ぶのはほとんど龍宮寺の部屋で、余裕があればシャワーを借りるが、余裕がないときはある程度体を綺麗にして、服を着込み、余韻もへったくれもなく部屋を出ることが多い。

 龍宮寺はいささか不満そうではあるものの三ツ谷の家庭事情を理解しているため、文句らしい文句は言ってこない。別れ際に無言で抱き寄せられたり、キスをされたりと、態度で訴えてくることは間々あるので、聞き分けが良いと言い切ることもできないが。

 そうやって普段はわりあいに慌ただしく行為を済ませるのだが、時折、母親が早めに帰宅する日や休みの日などは時間を気にせず龍宮寺と過ごすこともできた。

「泊まってくんだし、まだ寝てていいぞ。疲れたろ」

「……へーき。んなやわじゃねえし」

「へえ。じゃ次は遠慮する必要も、」

「ばか。加減はしろっての」

 さすがに倦怠感をおぼえる体を起こしつつ、意地の悪いの笑みを浮かべている龍宮寺の蟀谷を指で弾くように押さえる。行為中、龍宮寺は三ツ谷を、できる限りという前提がつくものの優しく扱ってくれる。だが、行為自体は決して生ぬるいものでもない。乱暴に腰を掴まれ、息吐く間もないほど激しく穿たれることもあれば、無理な体勢で容赦なく突き上げられることもある。龍宮寺に嬲られることに慣れた体は、それでも最早快感を得るばかりだが、行為後節々に違和感を感じることがあるのも事実だ。怠いし、疲れもする。

 龍宮寺はさほど性欲が旺盛というわけでもないが、年頃の男として淡泊というわけでもない。三ツ谷には優しいが、決して優しいばかりではない彼の性格と、三ツ谷も三ツ谷で容赦のない責めに耐えられるだけの頑丈さと体力を持ち合わせていることも起因しているだろうが、とにかく、三ツ谷にとって龍宮寺とのセックスは決して生ぬるいものではないのだ。

 龍宮寺の言い分としては、どうやらそれでもまだ遠慮しているらしいが、遠慮はともかく加減はしてほしい。壊れはしないだろうが、さすがに足腰が立たなくなるような事態は避けたいものだ。この年で腹上死の気配など感じたくない。

 なにが可笑しいのか知れないが、眉を寄せる三ツ谷を眺め、楽しそうに笑っている龍宮寺の背中に凭れかかり、剥がれかけていたブランケットを腰あたりまで引き上げる。肌に直接触れるなめらかな肌の感触が心地良く、未だ冷めやらぬ熱がぶり返してしまいそうではあるが、深く息を吐くことでそれをなんとか回避した。

「そういや、なんかしてたのか?」

「ん?」

「いや、起きたとき、ドラケンが横で寝てないのわりと珍しいっていうか……」

「ああ……」

 微睡から覚醒した際、いつもなら龍宮寺が隣に横たわっていることがほとんどだ。寝ていても起きていても、大体三ツ谷の体を抱いて、横で寝ている。それがこの日は珍しくベッドから起き上がり、三ツ谷に背中を向けていた。

 尋ねれば、何かを思い出したように頷き前を向いた龍宮寺は手に握っていたらしい携帯電話を見せてきた。

「初日の出見に行くって話あっただろ。そのことでマイキーとメールしてた」

「クリスマス終わったらすぐ年越しだもんな」

「……今年はタケミっちも連れてこうって……マイキーが」

 佐野の名前が出たのだ。花垣の名前が出てくると、薄々感じてはいた。最近自分達の間では、もうセットになってしまっている。すこし前から龍宮寺といっしょに彼等の様子を逐一観察していたからかもしれない。

 彼等の間に友情以上のものがあるのではないか、と言い出したのは龍宮寺で、その真相を確かめようと動いたのが始まりだった。はじめは龍宮寺の気のせいなのではないかと思っていたけれど、見れば見るほど疑わしさは増していくばかりで、ついに佐野の花垣に対する感情、花垣の佐野に対する感情には、友情を逸脱するものも存在していることを確信してしまった。

「マイキーがタケミっちのこと気に入ってるのはみんな知ってるし、タケミっちももう東卍のメンバーだから、マイキーがタケミっち呼ぼうって言うのも不自然じゃねえけどさ」

「………………」

「……やっぱいっしょにいたいんかね」

「……やめろよ。マイキーのそういう話聞きたくねえわ」

「いやまあ言いたいことは分かんねえでもねえけど。マイキーと恋バナって結びつかねえもんな」

「恋バナとか言うな……」

 佐野に好きな人ができたとか、その相手が花垣だとか。ふたりがお互いのことを想い合っているだとか、そういったことに抵抗を憶えるわけではない。佐野も花垣も人間で、誰かを好きになることだってあるだろう。

 ただやはり龍宮寺や三ツ谷にとって、とくに佐野は近しい存在で、彼のことをよく知っているからこそ、彼が誰かを好きになって、その相手をどう想っているだとか、どう在りたいかだとか、とにかく佐野と甘ったるい恋愛話という組み合わせにどうしても拒否反応が出てしまうのだ。たしかに佐野と花垣の関係性や、それがどのようには進展していくのかは気になるが、だからといって龍宮寺も三ツ谷も、男友達の恋愛話に色めきたちはしゃぐような質ではない。

「そうは言ってももう確実に恋バナじゃん。マイキーとタケミっち、つきあいはじめたわけだし」

「……やっぱそれ、お前の勘違いじゃねえの? ふたりでただ話してただけかもしれねえだろ」

「ドラケンだって、タケミっちが『よろしくお願いします』って言ったの聞いてたんだろ? 状況もふたりっきりだったわけだし。そんなんもう、『つきあって』『よろしくお願いします』の流れしかねえじゃん」

「別のことかもしれねえだろ。マイキーとタケミっちだぞ」

「いやマイキーとタケミっちだからだろ。つうかどう見てもつきあう感じだったって。マイキーめちゃくちゃ……満足そうな顔してたし」

「やめろ、想像しちまうだろ……」

「俺だって思い出したくないよ……」

 ショッピングモールの倉庫で見た、花垣を見つめる佐野の眼差しには、見たことのない甘ったるさが滲んでいて、それを口にするのは憚られ言葉を濁したのだけれど、三ツ谷と同じようにその場にいた龍宮寺にはどのような眼差しだったか伝わってしまっただろう。額に手を当てて深い息を吐いている龍宮寺を宥めるように広い背中を撫でる。

「でもまあ、良かったじゃん。マイキーの初恋が実ってさ」

「……それは、まあ、そうだけどよ」

 困惑は当然あれど、喜ばしいことに変わりはないのだ。

 佐野に好きな相手ができたことも、その相手である花垣が佐野と同じように、佐野を想ってくれていたことも。そしてふたりが結ばれたことも。恋愛は楽しいものだけれど、楽しいばかりではないこともまた事実で、佐野の初めてであろう恋がつらいばかりのものでなくて良かった。

 もちろん、もし本当にふたりが交際をはじめたのならば、そこが終わりではなく始まりにしかならないのだろうけれど。

「気になるのは分かるけど、もうそっとしといてやろうぜ」

「……まあたしかに、アイツ等もガキじゃねえんだし、心配しすぎかもな」

 ここ数ヶ月、佐野の花垣に対する感情、花垣の佐野に対する感情、そしてふたりの関係をずっと気にして観察してきたけれど、ふたりが結ばれた今、自分たちがこれ以上首を突っ込むのは野暮以外の何者でもないだろう。

 やれやれ、と言わんばかりに息を吐く龍宮寺の横顔に、それでも若干の寂しさが滲んでいるような気がして苦笑する。手のかかる佐野が、独り立ちしてしまうような感覚でも抱いているのだろうか。たとえ花垣と交際をはじめたとして、佐野はまだまだ手がかかるだろうに。

「ドラケン、寂しいんだ?」

「あ? 別に寂しかねえよ」

「……寂しいの、俺が忘れさせてやろっか」

 龍宮寺の肩に頭を乗せ、すぐそこにある黒橡色の瞳を見上げながら言えば、ほんのわずかに瞠目したのが分かる。行為後とはいえ未だベッドの上、しかも裸で密着しているような状況だ。煽るようなことをいえば、或いは手酷い扱いを受けるかもしれないと分かっていたが、それならそれで、と投げやりでなく思う気持ちもあった。幸いこの日は急いで帰る必要もなく、このまま泊まるつもりでいる。気絶するように寝落ちてしまっても問題はないだろう。翌朝、体は軋むかもしれないが。

「忘れられるほどヨくしてくれんだ?」

「マイキーほど強烈なのはくれてやれねえけど」

「お前なあ……ここでマイキーの名前出すなよ、萎え、」

 辟易としたように項垂れる龍宮寺の首に片腕をまわして引き寄せ、薄くひらいていた口唇を塞ぐ。一度だけ吸い付いてから口をはなし、形良い口唇を舌先で撫でた。

「……萎えた?」

 揶揄するようにいえば、ぎゅっと眉を顰められ、それと同時に腕を引かれてベッドに組み敷かれる。飛び乗るようにして覆いかぶさり、容赦なく膝を割って割り込んでくる体を抱え、呼吸を奪うように口内に入り込んでくる舌に応える。龍宮寺の手や舌に翻弄されながら、ダシにされたって知ったらマイキー怒るだろうなあ、と場違いにそんなことを考えるが、その後すぐに余計なことなど考えられなくなった。





 それから数日後の大晦日。東京卍會の連中と初日の出を見にいくことになっているのだが待ち合わせは夜になるため、それまで龍宮寺といっしょに過ごすことになった。

 昼過ぎに家を出て、待ち合わせ場所のファミリーレストランへ向かう。三ツ谷がファミレスに到着したときには龍宮寺は既に席についていて、軽く手を上げる龍宮寺に視線だけで応え、席へ向かう。

 日中とはいえ、外の空気は冷たく、暖房で温められた店内に入ると冷たく固まった体が解れていくようで、思わずほうと脱力するように息を吐く。頬や鼻が赤く染まっていたらしく、子供のようだと龍宮寺に笑われた。

「待ち合わせまで、まだ大分時間あるな」

「俺等の待ち合わせ、わりと早めだったからな。どうする? なんも決めてねえけど、どっか行く?」

「最近マイキー達に構ってたから、ふたりで出掛けんの久々だしな。ま取り合えず飯でも食いながら、」

「あれ、ケンチンじゃん。三ツ谷も」

 ひらいたメニューを眺めているとふいに聞き慣れた声が聞こえ、ぎょっとして顔を上げる。最近龍宮寺と出掛けるときは大体佐野や花垣といっしょだったため、いよいよ幻聴まで聞こえるようになったかと思ったが、振り返った先には幻覚などではなく実体の佐野が立っていて、いつものようにのんびりとした足取りで三ツ谷たちの席まで歩いてきた。

「ケンチン、詰めろ」

「いや、当然のように座んなよお前」

「偶然だな、マイキー。なにしてんだ、こんなとこで」

「ファミレスだから飯食いに来たに決まってんじゃん」

「ひとりか?」

「いや、」

 遠慮もなくずいずいと龍宮寺の隣に座り込んだ佐野はふと顔を上げ、入口の方へと視線を向ける。かと思えば他の客を気にするでもなく「タケミっち、こっち」とわりあいに大きな声を上げた。

「タケミっちもいる」

「……ああ、そう」

 どうやら佐野達は佐野達で、初日の出前にふたりで待ち合わせていたらしい。しばらく待っていると軽い足音とともにこちらもまた聞き慣れた元気な声が聞こえてきた。

「あ、三ツ谷くんにドラケンくん。こんにちは、ふたりも来てたんですね」

「ああ。こっち座れよ、タケミっち」

「すいません、お邪魔します」

 詰めてやれば花垣は頭を下げ、三ツ谷の隣に座り込む。バイクに乗ってきたのか、指先が赤く染まっていた。

「ケンチン、注文して。いつものやつ」

「はあ? 注文ぐらいテメェでやれよ」

「店員呼ぶボタン、ケンチンの方が近いじゃん」

「手伸ばすだけだろ。俺頼むもんまだ決めてねえんだよ」

「なにチンタラしてんだよ。早く決めてとっとと店員呼べって」

「おっ前マジで……ワガママなのもいい加減にしろよ」

「はあ? べつにワガママとか言ってねえし。ケンチンが遅いんじゃん」

「上等だテメェ、表出ろ!」

「今年最後の喧嘩? いいぜ、かかってこいよ!」

「ま、マイキー君、ドラケン君! ここお店なんで、落ち着いて!」

「お前等年末まで元気な……店員呼んだから、マイキー先に注文済ませとけ。ドラケンは後からまた注文すればいいだろ。放っとけタケミっち」

 向かいの席でお互いの髪や服を掴み合っている佐野と龍宮寺に息を吐きつつ、片手で呼び出しボタンを押す。一旦外に出して殴り合いでもさせれば落ち着くかもしれないが、人のことを言えた義理ではないが龍宮寺も佐野も血の気が多いため、或いはその程度では落ち着かないかもしれない。夜には予定があるし、花垣も同席しているし、喧嘩をさせておくのも面倒だ。

 もう慣れたものであるが、よくもまああれだけ些細なことでいちいち喧嘩する気になるものだ。脇にあるボタンを押せば済むことなのに。

 おろおろとふたりを見ている花垣も可哀想だった。

「マイキーとふたりでどっか行ってたのか?」

 三ツ谷がボタンを押した途端、人が変わったように落ち着き、龍宮寺がひらいているメニューを覗き込んでいる佐野と、そんな佐野に文句を言っている龍宮寺を横目に隣に座った花垣に尋ねる。佐野と龍宮寺の喧嘩が落ち着いて安心したのだろう。花垣は胸に手を当て、ほっと息を吐いた。

「いえ、特にどっか行ったわけじゃないっす」

 話を聞いてみれば、やはり佐野達も三ツ谷達と同様、夜まで時間を潰しているだけらしい。佐野に呼び出された花垣が佐野の自宅を訪れ、昼食がてら街に出てきたとのことだった。

「バイク、もう慣れたか? さすがに今日はマイキーの後ろってわけにはいかねえぞ。東卍の奴等もいるしな」

「マイキー君にも同じこと言われました。もう大分慣れたんで、今日は大丈夫です!」

「成長したじゃん」

 どこか誇らしげな花垣を肘で小突けば、へへ、と照れくさそうに破顔する。かわいいやつ、と思いながらその横顔を眺めていたが、ふいにハッとして佐野へと視線を見遣れば、卓上に頬杖をついている佐野と目が合った。

 すこし前までは花垣と接する際、佐野の視線が気になるなんてことはなかった。どちらかといえば、こちらが花垣に接する佐野の動向を気にしていて、花垣と接する自身が佐野の目にどのように映るかなど、気にしていなかったのだ。それは佐野も三ツ谷と同じで、まだ花垣の友人だったからだ。けれどもし、ふたりがつきあいはじめたのだとしたら、佐野は花垣の、所謂彼氏という存在になるわけで。

 今まで佐野は色恋等には無縁だったため、佐野に恋人ができたとしてどう振る舞うのか今一想像ができないが、彼の性格を考えると恋人である花垣に対して強い独占欲を持ったとしてもおかしくはない。

 三ツ谷は三ツ谷で花垣と構築している関係性があるため、逐一佐野に口を出される憶えはないし、口を出されたとして従わなければならない謂れもないが、友人として佐野の気持ちを汲んでやりたいとも思う。

 並んで座っている三ツ谷と花垣をじっと見つめる呂色の瞳がなにを考えているか分からず、しばらく様子を伺っていると、佐野が手のひらで隠している口元がふっと撓んだのが分かった。

「金輪際、俺の後ろに乗せねえっつったんじゃないよ。前みてえに遊びに行くときはいいけど、みんなの前だとさすがに示しつかねえじゃん?」

「分かってます。もう二度と乗せてもらえないなんて思ってないですよ」

「そ。ならいいけど」

「また乗せてくださいね。俺、マイキー君の後ろに乗せてもらうのも好きなんで」

「……いいよ。タケミっちならいつでも乗せてやるよ」

 顔を見合わせ、楽しそうに、嬉しそうに笑い合う姿は見慣れたもので、ふたりの間で交わされる親しげな会話も以前と変わらないものだ。ふたりがつきあっているのだとしたら随分甘ったるい会話だなと思わないでもないが、以前から同じような会話をしているため、甘ったるい会話なのかそうでないのか判断がつかない。なにも変わらないようにも思うが、いずれにせよ、仲が良くて何よりだ。

 どうやら三ツ谷に対しても嫉妬心などというものを抱いているわけでもないようだ。或いは佐野の目には花垣しか映っておらず、三ツ谷の存在など眼中にないだけかも知れなかったが、当然それに不満を憶えるわけもなく、できれば花垣の隣にいるときは眼中に入れずにいてほしいというのが本音である。友人の恋愛模様を見守るくらいなら良いが、恋愛沙汰に巻き込まれるのは遠慮したいものである。

「タケミっち何頼むの?」

「ドリアとハンバーグ、どっちにするか迷ってるんですよね」

「ドリアにしろ。そんで俺に一口ちょうだい」

「いいですよ。じゃあマイキー君のオムライス、俺に一口くださいね」

「やだ」

「ええ、交換してくださいよ」

「俺のオムライスは俺のもんだ」

「……ケチ」

「あ? 今なんつったお前」

「ひ、一口くらいいいじゃないですか!」

「良くねえよ。やらねえつったらやらねえ。……けどまあタケミっちがどうしてもって言うんなら、一口やってもいいよ」

「ど、どうしてもって言うほど……食べたいわけじゃ……」

「……じゃやらねえ。お前には一生何も分けてやんねえ」

「うそうそ! どうしても! どうしても食いてえ!」

 テーブルを挟んで子供みたいに戯れている佐野と花垣を横目に、佐野の隣でメニューを広げ、呆れたような表情でふたりを眺めている龍宮寺へと視線を向ける。佐野と花垣の互いに対する想いを確信し、いくらか落ち着いたのだろう。その表情に困惑や動揺は以前ほど感じられない。

「マイキーに一口くれとか言えるの、タケミっちくらいだよな」

「『ケチ』って言って許されるのも、タケミっちくらいだろうな」

 三ツ谷も龍宮寺も佐野のことをよく知っている。ゆえに、花垣ほど佐野に許される人間もいないということを知っている。

 好きなのかどうか、つきあっているかどうか以前に、その時点で既に花垣は佐野にとって特別なのだ。花垣は言葉も態度も、色んなことが他より許されているし、なにより佐野の傍に寄り添うこと、内側に踏み入ることすら佐野自身に許されている。

 自分達が知る中で、肉親以外で彼がそこまで受け入れる存在など今までいなかった。友達でも恋人でも、きっとそれは変わらなかっただろう。

「で、結局ドリアにすんの?」

「あ、はい」

 言い合いが収まったかと思えば、話をしていた龍宮寺と三ツ谷に構うことなく合間に腕が伸びてくる。ほぼ同時にピンポンと店員を呼ぶ高い音が店内に響いた。

「早く注文しねえと、俺のオムライス冷めちゃうじゃん」

 ボタンを押した手を引っ込め、再度卓上に頬杖をついた佐野が呟く。自身が注文する際は頑なにボタンを押そうとせず、最終的に結局三ツ谷に押させたわりにあっさりと手を伸ばすものだ。些細なことだが、こうやって佐野を自主的に動かすのもまた花垣だけだ。佐野の言葉にひとつ瞬きを返した花垣は次いで嬉しそうに笑い、「ありがとうございます」と素直に礼を述べる。そんな花垣に目を細めた佐野を眺めながら、気付かれないようにこっそり笑った。





 夜の海は暗く、まるで果てがないほど途方もなく広がっているように感じる。吹き付ける風は冷たいものだったが、波と戯れる花垣や松野、柴の声を筆頭に周囲はわりあいに騒がしい。

 佐野や花垣とはファミリーレストランを出たあと一旦別れたが、彼等もやはり三ツ谷達同様、一旦着替えに帰宅したらしく夜の海に溶けるように、特攻服の裾が靡いていた。

 砂浜の脇に転がったテトラポットに場地と並んで凭れかかりながら、砂浜を駆けている花垣たちを眺める。夜明け前ということもあり、体の芯から凍えそうなほど寒いというのに元気が有り余っているらしい。走っていれば体もあたたまるため、或いはじっとしている自分達より寒さは感じていないのかもしれない。

 佐野と龍宮寺は突堤の先端に佇み、ふたりで話をしながら夜明けを待っている。暗がりの中、水平線など見えないだろうに真っ直ぐに前を見る佐野の視線が、砂浜を駆けている花垣に向けられることはなく、また、松野達と楽しげに駆け回っている花垣の視線が佐野へ向けられることもない。

 集会時など、他の東京卍會のメンバーが揃っているとき、佐野が総長であるときはいつもそうだった。

 花垣が佐野を見上げることはあるけれど、その眼差しが甘く滲むことは決してなく、佐野もまた同じで、花垣だけを見つめることはない。三ツ谷や龍宮寺も同じようなものだ。

 自分達にとってここは地続きではあるけれど、日常生活とはまた別のところにあるのも事実だ。何事に於いてもめり張りや抑揚というものは大切で、佐野や龍宮寺はともかく、花垣ですらそれを自然に行っている。恐らく意識しているわけではないのだろうと思う。自分達にとってそうであるように、花垣にとっても総長である佐野はどこまでも総長なのだ。そしてそれは佐野にとっても。

 それがまたややこしかったんだよなあ、と突堤の佐野と砂浜の花垣を交互に眺める。ふたりの態度がもうちょっと分かりやすければ、互いに抱いているであろう感情にももっと早く確信を持てていたかもしれない。まあ、集会などで熱く見つめ合ったりしようもんなら、龍宮寺がそうせずとも、三ツ谷自身がどちらにも拳をくれてやったかもしれないが。

「こんなクソ寒い中、アイツ等よくはしゃげんな」

「場地も混ざってくれば? 体あったまんじゃね?」

「馬鹿言え、混ざるわけねえだろ。あーあー、あれ特服濡れてんじゃねえ? 今はよくても帰り死ぬぞ」

「濡れた服でバイク乗ると冷えるからなあ」

 場地目掛けて駆けて来ようとする松野や花垣を手で追い払っている場地の長い髪が冷たい風に揺られて視界を遮る。その瞬間、声を上げてはしゃいでいた花垣達の声がしんと静まった。刹那、世界から音が消えたような静寂が広がる。

 同時に視界が明るくなった。途方もなく続いているような気がしていた闇の中に、鮮やかな風景がふいに現れたように感じる。一瞬絵画のように見えたのに朝陽に照らされ影を作ってゆく風景はひどく立体的で、美しかった。

 闇から美しい世界へと変わった風景の先端に佐野と龍宮寺が立っている。ともにまっすぐに前を見て、振り返ることなど忘れたように微動だにせず。

 誰もが息を飲んで言葉もなく、夜明けの景色とそれを照らす朝陽を眺めていた。

 しばらくそうやってみんなで朝陽を眺め、ある程度日が昇ったところで解散することになった。場地や松野と連れ立って砂浜から駐車場へと戻っていく途中、突堤から戻って来た龍宮寺と合流する。前の方で、寒い、とか、眠い、とかそんな声がちらほら聞こえてきて、それに隣で喝を入れるようなことを言っている龍宮寺に苦笑しながら、駐車場へと向かう足を止めることなくふと背後を振り返れば、未だ突堤の途中に立っている佐野の姿が見えた。

 歩きを止めることなくただ眺めるだけの風景。段々と見えなくなっていく砂浜と、朝陽に照らされて笑っている佐野の横顔。

「タケミっち、こい!」

 それは周囲に響き渡るほど大きな声ではなく、振り返ってその光景を眺めていた三ツ谷くらいにしか聞こえなかっただろう。

 朝陽を撥ねる金色の髪が、弾かれたように砂浜を駆けてゆくのを見た。

 もう大分離れているから聞こえるはずもないのに、砂浜を駆ける音が聞こえるような気がする。花垣が佐野を呼んだ声も。

 総長でないときの佐野は、いつも同じ眼差しで花垣を見つめている。言葉に尽くせない想いを伝えるように。ひどく大切なものを、大切に見つめるように。他の誰にも向けない眼差しを花垣だけに向けている。

 その関係に名前がなくても、言葉がなくても、ふたりの関係性を知らなかったとしても、その眼差しだけで、佐野が花垣を特別に、大切に想っているのだということは一目瞭然で。

 だから花垣は佐野の隣でいつも笑っているのだ。楽しそうに、嬉しそうに。

 佐野だけを見上げて駆けてゆく花垣の横顔も、花垣を待っている佐野の横顔も、やはりいつも通り笑っていて、仲が良くて何よりだと視線を前へ戻しながら、そう思った。













 
 
 

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