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宇宙の底で目をとじて(+ドラみつ)
ヘッドホンから流れる曲が途切れるたび、居間から妹たちの声が聞こえてくる。時刻は22時を少し過ぎたころで、そろそろ妹たちを寝かしつけてやらなければと思うが、すこし前に帰宅したばかりの母親に話したいこともあるのだろう。幼いながらに母親の多忙さを理解している妹たちは三ツ谷の前でこ...
9月2日
星鳴きのまにまに(+ドラみつ)
墨の入った蟀谷を指の側面でそっと撫でてやれば、うつらうつらとしていた瞼がふっと糸が切れたようにひらかれる。ちらりと横目で三ツ谷を見上げてくる黒橡の瞳には、けれど未だ微睡が撓んでいて、またすぐにゆっくりと閉じられた。 その様が、普段は凛々しく、しゃんと背筋を伸ばした気高い猫...
9月2日
あざやかに、ひかり帯び(+ドラみつ)
夢と現の合間で寝返りを打ち、無意識に探った傍らにいつもなら感じられるはずの温度がなく、そのわずかな心許なさが覚醒を促す。うっすらとひらいた視界に見慣れた顔は見えなかったけれど広い背中が見えて夢現の状態で手を伸ばした。 「悪い、起こしたか?」...
9月2日
きみの寝床で眠りたい
まるでなにか決まり事でもあるかのように、彼はいつも決まった場所に座っていた。 窓際の壁に背中を預け、胡坐をかいた状態でうつむくように下を向き、膝の上の雑誌を見下ろしている。淡い色をした柔らかな髪が音もなく落ち、視界に影を作ったのか、片手だけを動かして払うように退ける。まろ...
9月2日
夏野に這う
じわじわと鳴き続ける蝉の声が、じりじりと肌を差す陽射しの温度を上げてゆくようだった。 僅かな涼を求めて木陰へ潜り込んだが肌を焼く気温が変わるわけもなく、どこまでいっても纏わりつく夏の熱に辟易して吐き出したため息すら温度を持っているようでうんざりする。...
2022年8月18日
いつくしみの欠片
普段通りのことを、普段通りの手順で行ったはずだった。 裏で行われる競りに必要な商品を用意して、依頼主に引き渡す。その場で商品の状態を簡単に説明をしたのち、商品の質に応じた報酬が振り込まれたのを確認して立ち去る。とうぜん、真っ当な仕事ではないが、その分報酬は真っ当な仕事で得ら...
2022年8月16日
いずれ花開く種をまいて
恋愛の主導権を握っているのは、普段の力関係も相俟ってどちらかといえば佐野のほうだが、キスを仕掛けるわりあいは五分五分、どちらも似たようなものだ。佐野は交際をはじめる前から、たとえ相手が花垣でなくとも親しい間柄であればスキンシップは厭わない質で、手を繋いだのはつきあう前だった...
2021年12月26日
Goddess/静謐な白日
難しいことはなにもしなくていい、と走行する車の中で言われた。 淡々と話を進めるあいだ、こちらへちらりとも視線をくれず、手元の端末の画面を見下ろしながら、真っ白な長い髪を揺らす男は自分が属する組織の幹部のひとりだ。 腹が減ったといえば食事を用意しろ。欲しいものがあると言われた...
2021年11月25日
まなうらに、ただひとつ、ただひとり:閑話
いくらか日が陰ってきたせいで、すこしだけ気温が下がった気がする、麗らかな秋の午後。 脇を走り抜ける子供たちや腕を組んで歩くカップル、友人同士で楽しげに話をしているすこし年上らしい少女たちや大声で笑い声を上げている大学生らしき集団。泣き出した赤ん坊をあやしている家族連れの姿も...
2021年11月11日
信仰満ちる眦:閑話(+ドラみつ)
いつもより早めにセットした携帯電話のアラームが三度ほど鳴ったところで布団から手を出し、アラームを切る。放置して鳴らしっ放しにしていると、隣で寝ている妹たちが起き出してきかねない。 妹たちが起きてきたら朝食の支度をしたり、身支度を整えてやったりと手がかかる。普段の休日なら構わ...
2021年11月11日
それはあどけない愛のことば(+ドラみつ)
吐き出した吐息が白く濁り、流れるようにして空気に溶けて消えてゆく。 気温がぐんと下がり、冬らしい季節になってきた。この日はとくに冷え込み、昼頃から雪が降るかもしれないと予報が出ていた。 赤みを帯び、かじかむ指先を擦り合わせ、はあ、と息を吹きかけながらわずかに首を竦めている龍...
2021年11月11日
朝も、昼も、夜も(+ドラみつ)
頭上に浮かんでいたはずの弓なりの月は、生い茂る木々の枝葉に隠れて見えなくなってしまっていた。 恐る恐る足を踏み出すたびに腐葉土を踏みしめる筆舌に尽くしがたい音が響き、自身の足が枯れ葉や枯れ枝を踏む音にさえいちいちびくついてしまう。...
2021年11月11日
ひたむきな呼吸の温度(+ドラみつ)
背後から圧し掛かってくる重みを全身で受け止めながら、握った菜箸で鍋の中の野菜を転がす。 窓の外からは表の通路を駆け抜ける子供たちの声が聞こえてくるが耳に障るほどのものではなく、窓から差し込む柔らかな陽射しも相俟って麗らかな昼下がりといった感じだ。...
2021年11月11日
まなうらに、ただひとつ、ただひとり(+ドラみつ)
力任せに押し開いたコーヒーショップのドアを出て、昼下がりの街を歩く。 神経がじりじりとささくれ立つように無性に苛々して、そんな自分にまた腹が立った。 この日は元々、龍宮寺とふたりで出かける約束をしていた。 最近、休みの日は佐野や花垣と出かけることが多く、ふたりきりで出かける...
2021年11月11日
信仰満ちる眦(+ドラみつ)
寝返りを打ったのは意識的なものではなく、うとうとしだした意識で、そろそろ帰る支度をしなければと無意識にベッドから出ようとしたためだった。 けれど背中を向けられたことが気に入らなかったのか、背後から伸びてきた腕にとらえられ、そのままぐいと胸元に引き寄せられる。...
2021年11月11日
ふたりが呼吸をするところ(+ドラみつ)
腹と背中にぬくい温度を感じながらひらいた雑誌のページを捲る。 気になる服があるたびにページをめくる手を止めるが、そのたびにさっさとページをめくれと腹に回った手が急かしてくる。 室内にはコンポから静かな音量で流れる曲だけが響いていて、かすかなその音量が耳に心地良かった。...
2021年11月11日
ほどけないないしょの裏側(+ドラみつ)
放課からいくらか時間が経ち、人がいなくなった教室。隣の校舎の向こう側のグラウンドで部活に励む生徒たちの声がかすかに聞こえてくる。 その声を聞きながら刺繍枠に張った布に針を刺し、糸を通してカラフルな柄を描いていく。 妹たちが学校へ持っていくための手提げ袋の柄をリクエストされた...
2021年11月11日
土曜の夜のビオトープ
ぎし、とベッドが軋む音と同時に、腰の内側、腹の奥が甘く疼いて、思わず声を上げ、体内に入り込んでくる肉を締め付ける。 そうすると耳元で息を詰める音、次いで浅い吐息。 たけみち、と名前を呼ぶ低い声がどうしようもなく甘く、声を上げるのも、粘膜を擦る肉を締め付けるのも、やめることが...
2021年11月11日
月溜まり、或いはランプの灯のもとで
気が付けば、いつの間にか月が出ていた。 日が暮れ、空の端にわずかに滲んでいた濃い色をした紫もなりを潜め、空は既に夜の様相を呈している。 日中と比べて気温もいくらか下がってしまったため肌寒さを感じるが、思いきり遊んで火照った体温には心地良かった。...
2021年11月1日
底なしの雨の国
ざあざあとやむことなく降り続く雨の音だけが響いている。 時間帯的にはまだ昼間で電気を落としているのにくわえ、空は厚く重い雨雲に覆われ陽射しが差し込まないため、家の中が薄暗い。 キッチンの蛇口から滴った水滴がちいさく音を立てて落ちた。 「マイキー君、服ここに置いときますね」...
2021年10月28日
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